第14回
一級建築士・インテリアコーディネーター
一級建築士事務所 無地CRAFT/金子麻子
いま女性建築家が支持されている理由
近年になり女性建築家の活躍が注目されており、とくに戸建住宅や集合住宅の設計においては、女性の視点ならではの住まいづくりにその才能が発揮される。主婦の視点に立って生活動線を作り込んだり、施主がうまく伝えられないことを感覚的に捉えて具現化する。男性の建築家ではなかなか出来なかった配慮が、女性だからこそ細部まで行き届く。それが女性建築家が支持されている理由だ。しかし、まだまだ女性の人材は少ない。ましてや優秀な女性建築家を探そうとしても、当ても分からず右往左往してしまうのではないだろうか。
今回は、主に戸建住宅や集合住宅の設計を主業務として活躍されている金子麻子さんにお話を伺った。弊社イチオシの女性建築家であり、この機会を通して仕事の片鱗と人柄に是非とも触れていただきたい次第である。
やりたいことのすべてが、建築には含まれていた。
「元々はインテリアやアートが好きでした。」
耳障りの良い心地よい声で、静かにインタビューは始まった。
「大学の文学部で美学美術史学を専攻し、ダブルスクールでインテリアを学んでいましたが、その後、新卒の就職ではインテリアでの専門職採用の枠に入れないことを知り、どうせなら幅広く勉強してみようということで、建築学科に入学し直しました。建築は総合芸術とも言われ、インテリアやアートはもちろん、自分のやりたいことが全部含まれていたのです。
この特異なキャリアこそが、金子さんらしい仕事のベースとなっているのかも知れない。金子さんは慶応と早稲田を卒業され、女性では少ない一級建築士資格を保有する才女だ。それに触れると、単に受験テクニックに秀でていただけだと謙遜される。
「10年位前(2012年)からヨガをやってます。インストラクター資格を保有するほど、本格的にのめり込みました。また、インド哲学にも傾倒しています。」
キャリアを積み、今では建築のすべてを手がける。
インテリアの仕事を長くやってこられた金子さんのお仕事は、ご覧の通りインテリアのアプローチが秀逸だ。現在は建物を丸ごと設計デザインする仕事から、リノベーション、デザイン監修、時にはアートディレクションと多岐にわたる。それが金子さんの仕事に、独自性と高品質を担保している。
通常なら、建築の設計は分業化されている。建物、内装、照明計画、エクステリア、植栽など。それぞれ個別の専門家が徴集される。それぞれが高度な専門性を求められる職域だ。
ここで、専門性と汎用性について触れておきたい。たとえば専門店と百貨店の違いに例えてみよう。専門店で気に入ったアイテムを見つけ出して、それを机の上に並べた様子を思い浮かべて欲しい。並んだアイテムはご自身が好きなものという共通点はあるが、アイテム同士の相関性はいかがだろうか? 関連性が乏しく無秩序さが漂っているはずだ。アレもありコレもありの雑多な印象だろう。もしこれが貴方の住宅だったなら、不協和音を醸し出す猥雑なモノになっているかも知れない。
金子さんの設計は、百貨店タイプの汎用型に例えることができる。施主の嗜好性やライフスタイルから丁度良いものを探り出して、住宅を丸ごとデザインしていく。導線計画に始まり、ライフスタイル提案、建物、日照を考慮したパッシブデザイン、照明計画、インテリア計画、植栽を含むエクステリア、家具やアートのコーディネートまで、全工程を請け負うことができることで、細部と全体が響き合う真に調和の取れた住居が生み出されていく。決して自身の作家性を押し付けることはせず、施主の主体性に最大限に寄り添ってデザインする。
施主の好みが、手に取るようにわかる。
「まず、導線計画はすごく大切です。そこに住む人達がどう動くのか、何時に帰宅されて何をされるのか、家事をするタイミング、何時に就寝と起床があるのか、どこで一番長く過ごすのか、まずはヒアリングでそこをしっかりと読み解いて設計します。
また、家の中だけでなく、敷地の特性もしっかり考えます。綺麗な眺望があるならそこにちょうどいい大きさの窓を設けて景色を借景に取り込みます。バス通りの喧騒がありながらカーテンなしの住居を希望されたケースでは、1階の窓は通行人から覗かれない高窓とし、2階の窓からは街路樹と空だけが眺められるような設計にしました。
採光にも配慮し、日中はなるべく照明を点けなくても良い住居をデザインし、両隣の家に挟まれながらもとても明るい空間ということで、お施主様から感謝されています。」
多くの男性建築家が法令遵守に基づいて法解釈に時間を取られているのとは対照的に、金子さんの設計は施主の要望を最大限に具現化する。
「元々相手の好きなことや考えていることを読み取るのが得意でした。ヨガを始めてから直感が磨かれ、その傾向はより強まったと思います。」
導線計画はヒアリングに基づいて導き出す一方で、施主の嗜好性などはヒアリングでは導き出すのは難しい。それは非言語の領域であり、対話を通して引き出せるとは限らないからだ。照明や植栽の好みを質問されても、きちんと自分の好みを具体化できる人は限られている。嗜好性や人生観のような非言語領域を察知して、要望をカタチにしていく能力こそが金子さんの仕事を決定づけている。
BIMを用いてパースを提案。フォトリアルなパースを用意することもできるが、敢えて手描き風のパースで、建材の選定余地を残す。建築模型と併せて提示することで、完成後の食い違いを防ぐだけでなく、自由度を与えておくことで想像の余地が出るため、その後の打ち合わせがスムーズに。
1回目の提案でOKをいただくことも
「男性のように体力がある訳ではありませんので、いかに効率よく仕事をするかを追求してきました。新築の場合、プレゼンで完成形を提案し、初回の提案を気に入っていただくことも多く、たいていスムーズに仕事が進行します。直感的にこの人にはこれだ! というのが分かるのです。どうしてこんなに細かいところまで要望がわかるんですか? と驚かれることもあります。」
調和を司る建築家でありたい。
「調和が、私のデザインの鍵になっているかも知れません。デザインの美しさという調和。細部に至るまで丸ごと設計して建物全体の調和を導くだけでなく、建物と地域の調和、自然と地球の調和など、あらゆる調和を念頭に置いています。
人との調和もとても大切です。建築に関わる全ての人の士気をあげて良い面を最大限に引き出すことが理想的なので、なるべく気持ちよく仕事をして頂くように心掛けています。それは建物の品質にも関わってきますし、工期、間接的にコストにも関係してきます。
私は作家性をあまり前面に打ち出すようなことはせず、受動的なスタンスで物事の関係性のなかに調和を生み出していく。それが私らしさなのかも知れません。
ヨガの影響はとても大きく、人も建物も宇宙を構成している一部と俯瞰的に捉えています。自然界はお互いに与え合って調和を生み出しています。ゆえに何事もバランスというものが重要になります。
調和を司ることが、私の役割と言ってもいいかも知れません。関わった全ての人がハッピーになっていく。そんな仕事を続けていきたいです。」
取材を終えて
弊社代表小森曰く、世の中の建築士は法律面ばかりに神経を尖らせてばかりで、全くクリエイティブではないと言う。かといってクリエイティブな建築士に委託すると、アタリとハズレの振り幅が大きくリスクが高くなる。
その点、金子さんの仕事はクリエイティブでありながらも安定性抜群であり、投資と短期回収も見込める豊かな才能の持ち主である。今回はその才能の秘密に迫るとともに、素晴らしい建築家がいることを少しでも多くの方に是非とも知っていただきたかった。
金子さんは、以前から環境への関心が強いそうだ。元々、長寿命住宅に関心があり、ずっと取り組んでこられた。作って捨てる、建てて壊す。そういう時代が終わりつつある。なるべく飽きずに住めること、メンテナンスしやすいこと、高耐久性など、環境に配慮したアプローチを追求されてきた。時代が追いつき、追い風が来ている注目の女性建築家だ。
2022年12月現在、弊社とのいくつかの仕事が進行している。今後もプロジェクトを紹介していくので、ご注目いただければ幸いである。