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クライアントファーストの匠

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石で、庭は決まる。
造園業/絹山健一

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絹山さんは、庭づくりにおいて「石」に強いこだわりを持つ造園家だ。石には一個一個の異なる形状があり、来歴があり、角度によって一変する表情がある。すべてが偶然の産物と言える。そんな石の“声”をていねいに聞き取りながら庭づくりを行う絹山さんは、一言ずつじっくり慎重に言葉を選びながら話をしてくれた。

石と“会話”する仕事。

僕は造園家の3代目として生まれて、高校を出たあとに造園の学校に行きました。学校では何を勉強したのかあまり憶えていないですが(笑)、仕事をちゃんと身につけたのは就職して会社に入ってからです。特に、30歳で家業を継ぐために戻ってきたのですが、そのときに“一人親方”の職人と出会ってその師匠から学んだことが大きかったです。親方から学んだのは、石との向き合い方です。土留め(どどめ)などで石組みをする際に、ワイヤーをかけるところから石を選び置いていくところまで迷いがなく、一発で決めていける。「見える」んですね。石は一個ずつ別物ですが、それぞれの言葉を持っています。それを聞き取れるかというのは、大事な技術なんです。

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たとえば、石を組むときに最初は使いやすい石から置いていくのですが、そうすると最後のほうに難しくなってくるんです。熟練者でなくては収められなくなってしまいます。これを収めるには経験の差が大きいと思います。それから、石は「何が良いか」が難しいところがあります。色や模様や希少価値や判断基準がさまざまですから。一石だけを見て「いい!」ということではないところもあります。他の石とのバランスが一番の問題になりますので。つまり、きれいな石だけが良いというわけではなく、古めかしかったり、いびつな形だったりしても、技術と経験と発想によって活かすことができるのです。そうしたことを知るうちに、どんどん石にのめり込んでいきました。自分としても本格的に庭というものに興味を持ち出していた時期だったこともあり、自分で植木や石を買って実家の裏庭でどんどん試しはじめました。今も時間を見つけては手を入れて植栽を増やしています。

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石をいかに加工するか。

石の使い方にはじつは流行があります。最近は大きな石を置くより、細かい石を平らにして「野面積み(のづらづみ)」にする手法をよく見かけます。今はそんなに広い庭が少なくなっていますから、マンションのエントランスなどでよく使われています。植木の使い方も移り変わっています。植木の「株立ち」などもその一つです。1本の植木を細い数本の幹の重なりのように見せる手法で、1本立ちの単幹に比べて軽やかさを表現できます。そこに石を添えてうまく配置することで、庭としての絶妙なバランスをとることができるのです。昔のように石を置いて植木を置けば済むということではなく、一つ一つに小ワザが効いているんですね。

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「野面積み」は、大小さまざまな石をランダムに積んでいく手法で、石の平らな部分が面(つら)になるように揃えたり、石を割って整えることをします。この「石の割り方」に技術が要ります。石の「目」に従って割り方を見るのですが、他の石と調和させるには細かな技術を高めていかないと難しいです。最近の自分の関心は、石をいかに加工するかというところに移っています。他の人の庭を見るときも、石の割り方はよく見てしまいますね。庭づくりでやっかいなのは、自分の思うような樹や石を探してこられるかどうかというところです。自分の場合は、植木屋をまわって実際に見て探します。見つかるまで方々を探し回ることはよくあります。事前に庭の設計図が描けているとよいのですが、石を図面通りに「あそこに置く」と決めたところで、それは逆にできないんですね。現場での発想が大事になりますので、どうしても手を動かしながらという形になってしまいます。

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たまに予算の合わない仕事もあるのですが、自分として「こうしたい」と思うとついやってしまうことがあります。庭を作るのは自分ですし、それが残ってしまいますので、「予算がなくてこれしかできませんでした」と言うのが嫌なんですよね。庭って、手を動かしてやっているうちにもっと植栽の種類が欲しくなったりするものなのです。庭は、お客さんからは完全にお任せで頼まれることが多いですから、余計に言い訳はしたくないとも思ってしまいますね。

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2トンの石を、数ミリ単位で調整する。

今、庭づくりの需要は全体的に減っていますので、造園家は「外構屋」であることが多いです。そういう意味では、昔よりも商売が難しくなっていると思います。ただ、その分、本職の庭に関しては職人的な技術がより求められることは増えているとも言えます。作庭をしたあとには年間を通じて管理も任せていただけるので、たとえば芝がある場合は除草剤を年に3回、植木は冬に剪定を1回、樹種によっては年に2回くらいといったペースで見てまわることになります。継続して管理できるのは、庭づくりの面白さと言えますね。

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逆に、庭づくりの難しさは、なんといっても、石をひとつ動かすだけで大変な労力が要るところです。大きな石であれば2トンくらいにはなります。たとえ100kgあっても、一人ではとても持てません。常に重い物体を扱うという難しさがつきまとう上で、石の配置はミリ単位の調整を行います。重機が使える現場であれば、クレーンで持ち上げて、リモコンで動かしながら位置調整をします。重機が届かないところや、本当に精密に調整するときは、単管(パイプ)を4本組んで「櫓」をつくり、石をチェーンのレバーブロックで持ち上げて、一石ずつ位置調整します。重機では数ミリ単位の微調整は難しいのです。大きな石の配置もさることながら、じつは敷石の置き方に頭を悩ませることも多いです。特に、庭を作り替える場合は、既存の敷石をどう置くかが問題になります。答えがないので終わりがないですね。悩みはじめてしまうときりがないです。先日の現場では、バランスの均衡を見るだけで丸2日かかりました。それを少し微調整するだけで力仕事にもなります。

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成形されたような敷石も、地味に難所ではあります。下地を作り、高さの調整、目地のモルタル打ちの仕上げなど、細かな神経が必要になりますので、手間はかかりますね。石の置き方の位置決めという“頭を使う”難しさと、実際に石を置く作業の“身体を使う”難しさの両方をこなせることが、この仕事の腕を決めると思います。

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「庭づくりの『完成』がいつなのか、作りながら毎回迷います」と絹山さんは言う。「作り終わった後もずっと考えることがありますね。特に管理で継続的に庭を見ていると、思うところは多いです」たしかに、庭は植栽が育って形を変えていくところがあるので、常に更新されていく。絹山さんのように独りで黙々と作業をしながら考えを深めていく職人には、この“終わりのない”庭づくりにも向いているのだろう。「10年たっても自分で見て『よくできてるな』と思える庭を目指したいですね」と笑う絹山さんの顔は朗らかに澄んでいた。

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